サブテキスト・分析ツールとして

0.5 サブテキスト・分析ツールとして
『建築の多様性と対立性』 R・ヴェンチューリ著 伊藤公文訳


□建築の分野以外では、多様性と対立性とは広く認められている。
例えば数学においては、根本的不整合に関するゲーテルの定理があり、また文学においてはT・S・エリオットの「難解な」詩の分析とか、美術においては絵画の逆説的な側面についてのジョセフ・アルバースの定義がある。
P33 

ゲーテルの不完全性定理

1)第1不完全性原理
 「ある矛盾の無い理論体系の中に、
  肯定も否定もできない証明不可能な命題が、必ず存在する」

2)第2不完全性原理
 「ある理論体系に矛盾が無いとしても、
  その理論体系は自分自身に矛盾が無いことを、
  その理論体系の中で証明できない」












建築家は、もうこれ以上正当な現代建築の倫理についての禁欲的なほどのことばに臆することはないないと思う。私は、「純粋なもの」より混成品が、「とぎすまされたもの」より折り合いをつけたものが、「単刀直入」よりねじれまがったものが、「明快な接合」より多義的で曖昧なものが、非個性的であるとともにひねくれており、「興味深く」同時に退屈で、「デザイン」されたものより紋切型が、排除せずにつじつまをあわせてしまったものが、単純より過多が、革新的でありながら痕跡的であり、直接的で明快なものより矛盾にみち両義的であるものが、好きだ。私は明白な統一感より、薄汚れている生命感に味方する。私は不整合を容認し、二重性を唱えようと思う。
私は意味の明晰さより意味の豊かさに、外にあらわれる機能より内に隠れた機能に味方する。私は「二者択一」より「両者共存」が、黒か白かというよりは黒も白も、同時に灰色がすきなのである。


二重に意味を読み込んでいくことをいとわない理由として、近代建築の言語の変容から意味の二重性を考えることができる。


しかし、多様性と対立性を備えた建築は、断片的な関心の範囲にとどまってしまわずに、常に全体に対する見通しをもつという特別な責務がある。それが真実性を持つのは、それ自身全体性を有している、もしくは全体性を内に含んでいるからに他ならない。それは排除することで得られる安易な統一よりは、受け入れることで得られる複雑な統一を実現しようとするものである。より多いことはより少ないことではないのだ。
P34・35

「すべての課題を解決することはできない。・・・・・・。建築家は自分が解決したいと思う課題を極度に限定して選びとっているが、それが今世紀の特徴といえよう。たとえば、ミースは建物の多くの側面を無視することで素晴らしい建物を作っている。もし彼がより多くの課題に手をつけたとしたら、その建物はずっと力強さを欠いたものになってしまうだろう。」ポール・ルドルフ
P37・38


ミースよりも繊細にプログラムを読み取っていくことによって、問題をより多く解こうとした。その際、失われている迫力はキャンチレバーによって獲得されている。



「所与の事象を、所与の関心から性格付けようとすると、とかく単純化しすぎるのである。」
P40

建築における多様性と対立性の第二の分類が、プログラムと構造の表現としての形態と内容に関するものだとするなら、第一の分類は方法に関係し、芸術における知覚と、意味の生じる過程そのものに固有の逆説に関するものである。つまり、実際のイメージと想像されたイメージを並列することから生ずる多様性と対立性である。
P44

「物理的事実とその心理的な反応とのずれ」
ジョセフ・アルバース


60年代までに、発明しつくされた視覚言語群を目にした、現代人の連想はもはや建築家の意図するものではないとすることが可能になっている。時代というコンテクストの相違が、新たな解釈の意図となっている。飛行機や船は、もはや現代の技術を表象するイコンなどではなくなった。


エリオットはエリザベス王朝時代の文人の芸術を「不純な芸術」――そこにおいては多様性と曖昧さが追求された――と称し、次のように述べている。「シェイクスピアの劇では、さまざまな意味の層が生じていて」、サミュエル・ジョンソンを引き合いに出しながら、そこにおいては「全く異質の考えが、暴力的につなぎ合わされている」


ボルドーの家は、異質な空間の質をもつ、三つの領域の暴力的な繋ぎ合わせである。このとき、三つの領域の決定的な差異は、空間的に肥大化したエレベーターにより接続され、美的な建築的要素はもはや力を持たなくなる。


「ひとりの詩人がもしどうしても経験的事象をまさにひとつのものであることを、その多様さを認めつつも劇に仕立てあげなければならないとしたら、逆接と曖昧さを用いることは当然のこととしてみなされるだろう。」


複雑で多様なものを語る手段として、「それとも?」「にもかかわらず」といったレトリックが有効である。意匠のレベルだけでなく、プログラムのレベルにおける建築の多様性や複雑性を語る上では、必然的にパラドックスを内に抱える必要があり、移ろい行く意味は通時的に認識され、さらにレムの住宅における一つの特徴でもある、動線の選択可能性により再び、空間のシークエンスは多様化することになる。




□それとも?
多様性と対立性を備えた建築には曖昧さと緊張がつきものである。建築は形態であるとともに実質でもあり、抽象的であるとともに具体的であり、そしてその意味は、内部の特徴からとともに外部の環境から引き出されるのだ。
建築の各要素は、形態としてもまた構造としても、表面としても材料としても把握される。このような固定的でない関係、すなわち多様性と対立性が、建築の方法の特徴である曖昧さと緊張の源泉なのである。
「それとも」という接続詞に疑問符を加えると、たいてい、曖昧な関係を表現することができる。


サヴォイ邸の平面は正方形か、それとも?
P47


「それとも」の問いを可能にすることにより、参照先はあいまいになり、観察者の解釈は開かれる。


□にもかかわらず
建築の意味と用途にみられる対立性の諸相は、「にもかかわらず」という接続詞によって示される類の逆説的対比を含んでいる。それは多かれ少なかれ曖昧なものである。


サヴォイ邸は、外側は単純だが(にもかかわらず)内側は複雑である。

P51


これにたいして、ダラヴァ邸は外観と内観の一致をある程度見ることができるが、水平練窓のつく浮遊するボックスは、サヴォア邸のような内側に、柱により支持されるようなドミノ・システム空間を内包しているわけではない。サヴォア邸という住宅からの、時間的パースペクティヴをもってこのボックスを解釈すると、構法における違いを指摘することができ、内部空間においては設備的な機能や階段空間はコンパクトにユーティリティコアのような形状を取りながらミースのような、流動的な空間を作り上げている。浮遊するボックスに対する解釈は、コルビジェ的である、にもかかわらずミース的であるというように、近代建築へのレファランスとして参照元を行き来しながら解釈が行われるべきである。




「二者択一」を排除するというよりは、「両者共存」を取り入れてしまうのだ。
P52


様々な意味のレべルを有した建築は、曖昧さと緊張を創出するのだ。


外発的要因にたいする、内発的要因による無効化。


様々な意味のレベルを同時に知覚することは、観察者にとまどいやためらいを与えるばかりではなく、さらにその人の知覚をより活発にするのだ。


さまざまな意味のレベルは、どの系譜の延長として据えるべきか、何の引用のどういった可能性の発見なのかの視点の共時的な認識において感覚され、永遠の視覚的消費を許容すする。


部分の特質が全体のための妥協を余儀なくされることもあるだろう。そのような有効な妥協を画策することは、建築家の主要な責務でもある。
P53


レムの住宅においては、むしろ部分の特質、近代との差異化のイコンとしての構成要素はシークエンスにおいても突然出現する。全体のための妥協、調整は差異を強化する。


□移動と多様な意味
  
ある両義的な関係においては、一つの矛盾をはらんだ意味がたいていは他を圧倒するが、多様な構成にあっては、固定した関係は考えられない。このことは特に観察者が建物の内外を歩き回ったり、町まで歩を伸ばしたりするときには、言えることである。ある時、ある意味が主要なものと思われ、しかし他の時には、違った意味が卓越しているようにおもわれることがある。

観察者の動きによって相互に優越的なものとして感じられる。つまり、同一の空間が意味を変えるのである。いくつもの焦点をもった「空間・時間・建築」のもうひとつの次元をここに見ることができる。

P65



(ダラヴァ邸においては、選択可能な動線を複数もうけることによって、多様な空間を観察者の動きによって、意味合いがさらに多様になっている。)






□調整された対立性
現代では、つじつまを合わせるためのひとつの技法として、波乱を引き起こすべく例外を認めることにかけての達人であった。

積極的な妥協を行うことにより、ル・コルビュジェは全体構成の支配的な規則性を、より一層生き生きしたものにしたのだ。
P95


レムの住宅において、調整は暴力的に行われルことがあり、異なる構成原理をもつ空間同士が、さらに異なった構成原理をもった移動空間により、物理的に接合され、無限に連続するような回遊性のある空間によりむすばれている。
















以下に、ダラヴァ邸を分析するためのツールとして、『建築の複雑性と対立性』をしょうごとにまとめていく。



1 ひとひねりした建築

・排除することではなく、受け入れることで得られる複雑な統一


2 アンチ 単純化 絵画化

・問題の限定 と 「そうしたいから」という絵画化以外の方法
・解決すべき問題の非単純化


3 あいまいさ

・物理的現象とその心理反応のずれ
・さまざざな意味の層 と まったく異なるものの暴力的な繋ぎ合わせ

・経験的事象の結合
「それとも?」 「正方形それとも円形?」


4 対立性の諸相

・「二者択一」ではなく「両者共存」
・有効な妥協 「よい空間とともに悪い空間を」
・卓越した意味の、観察者の移動による変化





5 続・対立性の諸相

・意味における両者共存 意味の二重性
・ 機における両者共存 機能の二重性
・ 材料における両者共存 材料の二重性


6 つじつま合わせ 秩序の限界

・相対化による強調のための秩序
秩序に乗らないものが、逆説的に秩序の中で強調される。

慣習の非慣習的な用法
・ 切断と命名 最小限の変異
・ 観察者が新たな文脈で、意味を読み取ることを可能にする


7 調整された対立性

・ 外発的要因による調整の必要


8 並置された対立性

・ 対比的なものの並置による、相対化
・ 脈絡なしの隣接 


9 内部と外部

・ 内部と外部の葛藤と和解を空間に示す
壁をヴォリュームを包む、障壁として考えたとき、外部と内部の意味のマッピングの具現化としてを壁体ととらえる。
・外部と内部の連続性 非連続性