美術手帳 P85 『不定形な現実を映す現代美術』  松井みどり著 より 

現在、私は、「マイクロポップ」の方法に加えて、現代の予測不可能な現実と共鳴する、より流動的な世界認識のモデルに目を向けている。それは、ロバート・スミッソンが、鉱物の変形からヒントを得てつくった「粉砕化」と「堆積化」の概念だ。それは、「ある細部が属していた組織から離れたとき、断片の形や様態をとおして、まったく異なる範疇に属するものとの類似性を表」し、「組織から課せられていた限界を超えて、別の細部と結びつきつつ新たな固体を形成する」という状況を意味する。そのたえまない分解と融合をとおした生成の過程は、鉱物や植物のみならず、人間の細胞にも共通する根本的な構造と法則を指し示す。この「粉砕化」と「堆積化」が、人間の精神の下部構造、つまり、論理的な言説や個人的感情や物語に止揚される以前の無意識のはたらき_身体的な知覚が他の印象と結びつきつつ思考の核を形成し、細部が遠い記憶や連想を喚起するさま_にも転用できることを、スミッソンは、アントン・エーレンツヴァイグによる「下部の視覚」の理論から学んでいた。

この文章をよみ、思い浮かんだというレベルで
「粉砕化」「堆積化」による認識モデルにおける、精神の下部構造への転用は、吉本ばななの小説『キッチン』のなかにおける、嗅覚への刺激による記憶の回想が語られるシーンに顕著に現れているのではないかと感じた。
キッチンを偏愛する主人公は、「粉砕化」「堆積化」による世界認識をとうして、日常を美化し、アレゴリー的な解釈を身体的知覚をとうして行うことにより日常的な環境を装飾ている。
小説内では、心情独白という形式で、表象されるこの装飾は、アフォーダンスまで読み替える。
(主人公はキッチンで眠る)
『キッチン』には、シュチュオアニスト的な表現が日常生活の描写の中に現れている。


アウフヘーベン【(ドイツ)Aufheben】
ヘーゲル弁証法の基本概念の一。あるものを否定しつつも、より高次の統一の段階で生かし保存すること。止揚